4/28/2010

このブログは移動しました


このブログは現在 http://blog.kimonohiro.com/ にあります。
30 秒後に自動的にリダイレクトされます。リダイレクトされない場合は、ここをクリックしてください。

フィードを登録している場合はフィードの登録を
http://blog.kimonohiro.com/feeds/posts/default に更新してください。

4/22/2010

撮影を受ける側

最近、スタイリストとしての撮影がつづいていました。

でも、昨日は、私が撮影をされる側になるご依頼があり、それも動画のビデオ撮影で、着付教室の様子と着物の紹介と、そして、インタビュー・・・。
インタビューは大変苦手で、私の声が小さいみたいで、「もっと大きな声で隣の部屋に聞こえるような声を出して」と、何度もやり直し・・・。
そして、インタビュー内容もアメリカ人の方からの質問は余にも漠然としていて、「着物とは何ですか?」って聞かれると・・・一言で言う具体的な言葉が浮かばないものですね。

着物の紹介も、一着の着物そのものに、歴史・風土と膨大な文化的背景が含まれているから、短い表現で言葉に表すことが、あまりにももったいなく思う不思議な感じがしました。

私は、日本にいた時に京都の観世流シテ方の能役者の先生から、能のお稽古をいただいておりましたが、先生が「今に通じる京友禅の発展は、600年前から能役者の生き血を吸った美しさの結晶でもある」という素適なお話しをしてくれたことがありました。

京友禅一つにしても語り尽くせないほどに奥が深く、そのもの着物を短い時間の中で表現することの難しさ、インタビューという形で着物を伝えることの難しさを今回痛感しました。

着物スタイリストとして撮影をする側でしたが、撮影を受ける側にたって、ニューヨークで「着物」を伝えていくことへの課題が沢山できたインタビューでした。

こちらの写真は、ビデオ撮影を終えて、撮影をご一緒した皆様と記念に。

4/04/2010

帯に時を越えた物語が存在する

ニューヨークでも日本舞踊のお稽古を続ける機会に恵まれています。

大切な知人と会食する機会に恵まれた日、この写真にあるお気に入りの帯を締めて、会食前、日本舞踊のお稽古に行きました。
日本舞踊の先生がこの帯を見て、「あらー、良い帯しているわねー」と叫びのような声を出しました。なんて素適な響きなのでしょう。

この帯には、歌舞伎の舞踊劇で見られる演目が描かれています。

実は、先生の「あらー、良い帯しているわねー」の一言に出会うまでは、演目の詳細まで考えずに、
呉服屋さんが言う、「姉様模様」と言う表現をそのまま受け止めていました。でも、そこには歌舞伎にちなんだ姉様人形というものからきている模様でした。姉様人形(和紙と千代紙で作られる)を更に帯の模様にする・・・あーーー(感嘆)、深いですね。

お恥ずかしいながらも、今まで模様の内容まで考えずにいて、言われてみてからじっくり見ると、「あーーー、藤娘に、道成寺、近江のお兼、汐汲み、鷺娘、・・・」
ここには、舞台が広がっていました。
帯一本の中に、世界があるのだなーと感動しました。そして、日本舞踊の先生の初舞台「お兼」にも出会いました。こうした出会いがあるなんて、帯の模様にも時を越えた物語が存在しているのだと思いました。

その日、祖父が義太夫だったと言う人と、不思議な縁でNYで出会い、会食をご一緒させていただきました。四人でミッドタウンイースト61st Lexton-ave「輪島」という大好きな日本食レストランでお食事をいたしました。
この帯に、気がついてくれるかなって、少しドキドキしました。

演目、見つけること出来ましたでしょうか?
藤娘に道成寺、汐汲み・・・見つかりましたか?
私は、耳に馴染んだのか、いつも利用していた呉服屋の女将さんがキッパリ言う「姉様模様」の一言の表現も、また好きだったりします。

3/07/2010

アメリカ人の着付け師

ニューヨークの私の着付け教室の生徒さんで、キャミちゃんと呼んでいる大学生の女の子がいます。着付け教室に通いはじめてから、一週間に一度、毎週通っていました。
法学部に通い、司法の方面での将来の夢もしっかり持っていますが、日本文化が大好きで、日本語の勉強と、そして日本舞踊のお稽古、三味線もお稽古しているとのことでした。
着付け教室で、私がつたない英語で頑張って話しかけると、「日本語でお願いします」と、言われてしまうほど、日本漬けになりたいみたいです。
日本語を習い始めたとは思えないほど、急速に上達する日本語・・・、私の英語の上達の速度の遅さを痛感してしまうほどです。
分らないこと、分ったことの確認など、ハッキリとおっしゃってくださるので、とてもレッスンがすすめやすかったです。
全国和装コンサルタント協会が認める二級講師免状にむけて、カリキュラムを全て満たし、そして、日本語での筆記試験も、しっかりこなしました。
昨年の10月は、ジャパンソサエティーというところで開かれた七五三で、着付けのボランティアに参加して、大変活躍したそうです。
今年の中頃には、日本の大学に留学する予定で、引き続き、駒込和装学院の師範科コースにすすみたいと言っていました。師範科コースでは、十二単衣の講習や、花嫁の講習も受けられることを言うと、とてもエキサイティングしていました。
駒込和装学院の諸先生方も、楽しみだとおっしゃってくれて・・・ニューヨークで得た技術を、日本の先生方に引き継げること、私もワクワクしています。
全国和装コンサルタント協会では、はじめて、アメリカ人に御免状を発行いたしました。
本当に、駒込和装学院の先生方に、大変感謝しています。

キャミちゃんとの会話での面白いハプニングはいろいろありました。
絞りの帯揚げを出すと、「きらいです」と笑顔で言うのです。「まあ、なんて、正直な子なのだろう」とスゴスゴと帯揚げを引き出しに戻そおと思ったら「きらいです!」と連呼するので、「もしかして、綺麗です?」と言うと「Yes!」と笑顔で言っていました。「きれいです」が「きらいです」になっていたのですね。
最近では、「この帯、やすいです」と言うので、私の顔が引きつると、それでも笑顔で「とても安いです」と言って、帯を折り曲げる仕草をしたので、もしかして・・・「柔らかい?」と聞き直すと、「はい」と言うので、「安い is cheap」(「安い」は「cheap」)と説明すると、大笑いして、「すみませーん」と叫んでいました。まだまだ、このような話しは尽きないほどありますが・・・
教えている私が言うのも変ですが、本当に、楽しいレッスンでした!

2/28/2010

撮影は楽しい

今月3月に作品作りの撮影を控えております。
広告の撮影の時に知り合ったメイクアーティスト(ヨーロッパのファッションをはじめNYで活躍中)の方とご一緒に作品作りです!今から楽しみです。

昨年の11月にKDDIアメリカモバイルの広告で着物スタイリストをしました。
元モーニング娘の加護亜依様が広告のイメージキャラクターでした。写真は、その撮影の時の写真です。こちらのショットは、既に広告になりました。加護様の横に座っているのが私です。

加護ちゃんの愛称で人気を博するだけあって、お目にかかった時に、その存在感の強さに胸が高鳴りました。
ニューヨークには180cm以上の長身のモデルさんが作品作りの時に協力してくれたりと、世界のトップを目指している長身のモデルさんが沢山いらっしゃいます。こんなに素敵なモデルさんたちをつかってテスト撮影が出来るなんて夢みたいだなーと一昨年は思っていましたが、やはり人気歌手・俳優さんの存在感はずば抜けたものを感じ、この撮影を通し、ハリウッドの俳優さんに着物をスタイリングする機会に恵まれないかと心から思いました。

こちらの写真は、今年1月に、私のwebページ作成のために撮影している時の写真です。

モデルとしてご協力してくれたのが夫の職場の女医さんたちや私の仕事をサポートしてくれているEmikoさんの友人である弁護士や広告会社に勤める方たちです。

いろんな分野の第一線で活躍している方たち、着物は、その各々の個に秘められたものを引き出し強く美しく表現できてしまうのですね。彼や彼女たちが日本人でないことを忘れていたぐらいに、自然とした着姿に着物をスタイリングできてちょっと自分で感動しました。
Emikoさんが、「それが着物だもの」と言った言葉が印象的です。

写真を撮ってくれたのが、写真家の野口正博さんで、私が昨年、日本の着物の専門雑誌から取材を受けたときに、撮影をしてくれました。それが縁で、今回改訂したwebページの作成の時に、撮影をお願いいたしました。
野口さんの写真には、とても温かいものを感じます。
撮影は、本当に楽しいです!不思議と、楽しい撮影ほど、良い作品が出来たりするものですね。

こちらの写真は、私の仕事のサポートをしてくれているEmikoさんと私とで、モデルさんに補正するための晒しを作成しているところです。スタイルが良いのですが、兎に角、凹凸をなくすために晒しを彼女たちのボディーに巻きました。

皆様とご一緒に、楽しい撮影でした。

2/19/2010

働く女性から考案された名古屋帯

着付け教室の生徒さんからのご質問で、
「名古屋帯って、なぜ、名古屋帯って言うのですか?」

と、聞かれました。

そんなことを疑問に思ったことがありませんでした。名古屋帯が名古屋帯との所以・・・
名古屋が織機で有名だから?帯の名産地だから?・・・
正直、正確な答えを知りません!なので、調べました。

調べて見るものですね。名古屋帯を考案した方の素晴らしい思想と、その思想に基づく機能的に作り上げるセンスがあったことを知りました。

大正時代は、丸帯・昼夜帯が主流でした。(丸帯は両面に柄が入っているので1本で名古屋帯2本分となるほどです)

女性解放のめざましかった大正時代ですが、ほとんどの女性が和服姿で生活していました。
名古屋帯の考案者である越原春子さんは、名古屋女学校(現、越原学園)を開設準備に奔走し、帯を締める時間も惜しいほどの、多忙な日々を過ごしていました。そこで、着用に時間のかかる丸帯や昼夜帯を解き、軽くて、時間も早くしめられる帯を自ら考案し作りました。

「女性が男性に伍して社会で活躍するには、まず身支度にかかる時間の短縮が肝要と痛感していたのでしょう。」と書いてありました。
そして、名古屋帯でさえも時間がかかると思った越原さんは、もっと時間を短縮したいと考え、そこから付け帯も考案したそうです。

帯を結ぶ機会が減り、結び方を習得する機会が減ったから、簡単に装着できるように付け帯が考案されたと思っていましたが、大正時代には既に考案されていたのですね。それも、女性が社会進出するため、身支度の時間短縮のために考案されてたという話しはカッコイイ話しだなって思いました。
とは言っても、この越原さんの精神が直ぐには受け入れられる時代ではなかったようです。

しかし、大正9年に、現在の名古屋三越が越原春子さんがしている帯に着目し、帯を借りて、同様の帯を作り大正13年に市販したそうです。

この帯は、名古屋女学校の校名にちなんで名古屋帯と名付けられたそうです。この「名古屋帯」は、瞬く間に全国に知られました。

働く女性から考案された名古屋帯は、着物を着ること自体が日常の身支度とはかけ離れたことになった今現在からではあまり想像できない話しではありますが、
名古屋帯もまた、着物と対に特別な装いの一つとなった今、名古屋帯が考案されたおかげで、幅広くいろんな着物に合わせられるファッションとしての面白さが生まれたように思います。紬の着物に、丸帯なんて想像出来ないですものね・・・。

これが名古屋帯に仕立てられた名古屋帯。「イカの頭」と言いながら名古屋帯のたたみ方を習得している生徒さんがいました。確かに・・・イカのあたまのような形(笑)

2/10/2010

アメリカ五大湖のほとりの美術館で

アメリカのニューヨーク州にロチェスターという町があります。
ニューヨークシティーから飛行機で1時間ほどのところです。五大湖の一つであるオンタリオ湖があるため、交易が発展した町で、Kodakの本社をはじめ大手企業が多いそうです。
そのロチェスターと言う町にある、ロチェスター大学のメモリアル・アート・ギャラリーで着物の特別展「Fashioning KIMONO」が1月31日から4月4日まで開催しています。
その特別展に伴うオープニングパーティーが1月30日にあり、そのパーティーで、美術館の講堂で着物のプレゼンテーション「Kimono styling」をすることになりました。

オープニングパーティーは混雑していて、写真のように着物の特別展の会場に入るのに行列が出来ていました。

そして、私の講堂での着物のプレゼンテーションは2回行い、2回ともほぼ満席でした。
美術館のキュレーター(学芸員)から私のことを紹介していただき、私も英語で挨拶をしました。とても英語に自信がなくて、上手く挨拶が出来ませんでした。英語の先生に、「ゆっくり話すこと。先ず会場にたったら、会場を見回す。ピリオドのあとは二拍ほどおくこと」沢山指導いただいたのに、なかなか思うようにいかないものですね。

今回の着物の特別展は、大正時代から昭和初期の着物で、西洋の影響を受けた柄が中心でした。銘仙が多くありました。
銘仙ではありませんが、私もプレゼンテーションの時の着付けのデモストレーションで大正時代の着物をモデルさんに着せて、帯結びを披露しました。
「巨大な折り紙」と言うと、会場がドット笑いました。今、アメリカはとても折り紙アートが流行っています。パーティー会場の他のセクションでは折り紙デモストレーションをしていました。
そして、今回、男性の着物の着装を披露しました。五紋の羽織袴です。
モデルさんに長着を着て登場していただいて、少々おかしな格好をすることを会場の人に説明して、袴を着るときの長着に「やっこスタイル」を作りました。やっこスタイルにしたときに、その「やっこ」という言葉の意味である「家来や江戸時代の武家の奴僕であること」を説明しました。そうした小話がとても興味を持っていただきました。
そして、着付けのプロセスには一つ一つ意味があることを説明しました。

プレゼンテーションが終わったあとに、控え室に戻り、次のプレゼンまで時間があったので、羽織袴のモデルになってくれた法学部の学生さんに、「パーティー会場にお披露目に行ってきてもいいよ」と言うと、控え室から直ぐにパーティー会場に走っていっていました。
男性の着物は珍しいのか、パーティー会場では写真の嵐だったそうです。
羽織に総角結び(あげまきむすび)した羽織紐"ボンボン"を、さわっている人がいました。

挨拶程度の英語も上手く話せなくて、少し落ち込みましたが、美術館の責任者の方や、今回のプレゼンテーションをサポートしてくれたキュレーターのシドニーさんが「大成功」と言ってくれたのがとても嬉しかったです。

そして、お礼のメールを送った返事に、"keeping in touch" 「これからも連絡を取り合おうね」と書いてあって、素敵な英語のプレゼントをいただいたように思いました。